そろばん習得のメリットとして、「算数の成績アップ」を挙げられる方が多いと思います。たしかに、多くの生徒は、そろばんが一定レベル以上になると、算数の成績がグンと上がります。一方で、算数の成績はあまり上がらない、または、途中で急に伸びが止まるケースがあるのも事実です。この差は何? それがハッキリ分かれば、算数が伸びないという問題が解消し、伸びている人も、もっと伸びるようになるかもしれません。そこで、本特集記事では、「算数とそろばん」の関連性や違いについてご説明します。これもとても大きなテーマですので複数回にわたり、掲載いたします。
公立・私立、どの小学校でも習う内容の中から、算数とそろばんの間で混乱する事例を挙げ、その要因を考察します。今回は1年生のケースですが、その本質は1年生に限らず、今回以降も関連するので、1先生以外の保護者様も是非お読みください。
絵がさくらんぼに似ているので「さくらんぼ算」です。「ブラックボックス」など、他の呼び方をしていたり、特に名称で呼んでいないこともあるようですが、どの小学校でも習う問題です。 一方、そろばんで8+3はこのように計算します。
例題の8+3のような一桁のたし算とひき算はそろばん12級で基礎中の基礎として全パターン習得します。考えなくてもできるようになるまでです。この基礎の練習中に小学校の算数で「さくらんぼ算」を習うと、その途端、そろばんができなくなる生徒がいます。その一方で全く影響を受けない生徒もいます。なぜでしょうか?・・・単純に「やり方が違うから混乱する生徒もいる」と片づけず、しっかり原因を特定したいと思います。この「さくらんぼ算」の例・・・実は、算数とそろばんの違いを象徴するような要因があるのです! それは、そろばんを算数に役立てるポイントにもつながります!
式にすると、計算方法が全く異なることが分かりますよね。同じたし算なのにやり方が違う・・・混乱する生徒がいるはずです。 ここで、計算方法のどこが違うのか、どっちの計算がいいか、などをご説明するつもりはありません。計算そのものに焦点を合わせると、混乱の原因を特定することから遠のくことになります。別の視点で見る必要があります。
【さくらんぼ算】は計算方法としては、とても効率が悪いです。足される数8に2を足すと10になることを見越し、足す数3を2と1に分解し・・・・。手順も多く、途中で間違える確率も高そうです。はたして、この手順が算数の正しい計算方法なのでしょうか? 小2以降の算数で同じ問題が出されることは無く、どの生徒も学年が上がると忘れるようです。
【補足】 なぜそろばんでは「たす数」だけに注目? 本テーマには直接関係しないのですが、そろばんの計算法の話です。8+3の例のように、そろばんは足される数ではなく、足す数だけを見ます。それには理由があります。それは、桁数・口数がいくら増えても同じように計算するためです。口数とは、8+3なら2口、8+3+2なら3口といったように足す回数を表す言葉です。もし、足される数の方も考慮する計算法ならそうはいかないですよね。だから、12級で一度基礎のやり方さえ覚えれば無限の桁と口数を扱えるのです!
もうお分かりの方もいらっしゃると思いますが、実際、【さくらんぼ算】は、「繰上がり」を理解するタイミングで出てきます。そうです。【さくらんぼ算】は、計算方法として覚えたり、計算力を試したりするものではなく、繰上がりの考え方を「論理的」に理解するためです。「論理的思考」を使う問題です。「論理的思考」とは、ごく簡単に言うと「考え方とその過程を示すこと」です。結論だけでなく、そこに至るプロセスまで「コレコレこうだからこうなる」と考えることです。そうすることにより自分自身が深く思考することができます。また、その思考過程を他人に示すと、理解してもらえやすくなる利点もあり、コミュニケーションにも有効活用できます。 「論理的思考」は「ロジカル・シンキング」とも言い、算数・数学の専門用語ではありません。また、近年は学問だけではなく、ビジネスでも有用とされ、多用されている言葉でもあります。ネットや書店でも「論理的思考を身に付けるには」、みたいな情報や書籍が溢れています。 この論理的思考、学年が進むと、それを活用する問題が増えます。算数で代表的なのは、苦手な人が多い「証明」問題、「○と◎が等しいことを証明せよ」みたいなのがそうですが、それだけじゃなく、論理的思考力を問われる問題はとても多くあり、学年が進むほど、その割合は増えていきます。 【さくらんぼ算】のような□を埋める問題の多くは論理的思考が問われる問題です。 1年生で習うこの【さくらんぼ算】 は論理的思考の入門編とも言えます。
【補足】 算数で求められるもの (文部科学省) 文部科学省が何を重視しているかは、ホームページでも指導要領等が公開されているので是非一度、ご覧いただきたいのですが、身に付けるべき、としているスキルは多岐にわたります。その中で、「知的活動(論理や思考)」という言葉が何度も出てきます。論理思考をかなり重視しているのは明らかです。 論理思考の土台は、言葉を正しく扱えることです。算数と言えども、計算力だけではなく、総合的な基礎学力、「読み書きそろばん」が重要ということですね。
そろばんで身に付ける計算力、これまで「反射で」、「考えないで」と表現してきましたが、「論理的思考」が出たので、それに相当する同じ土俵の言葉で表現します。そろばんは「直観的思考」と言われるものを使います。聞き慣れない言葉ですよね。「直観」なのに「思考」?・・・おかしな感じです。「直観的思考」は、「インスピレーション/ひらめき/勘」などの類ではありません。熟知している知の領域において、直接的に持つ認識のことです。論理的思考のような推論を挟む余地はなく即時的なものです。少しわかりにくいと思いますので、簡単な例、九九で言いますと、2×2について、即、「4」と認識するのは「直観的思考」です。それまでの九九の積み重ねが背景にあり、決して「あてずっぽう」ではないですよね。それに対し、「2が2個あるから・・・」と思考するのは「論理的思考」です。 「論理的思考」と「直観的思考」は思考の種類であり、どちらが優れているとかではないです。ただ、思考にこのような違いが存在することを知っていることはとても大切なことです。そして、思考する対象によって適切に使い分けることができれば、強力な武器にもなり得ます。
ここまでの話を整理します。【さくらんぼ算】は、繰上りの考え方を論理的に理解するための問題であり、そろばんは直観的思考で合理的に計算する方法です。同じ計算でも出題意図が異なるのです。計算のやり方だけでなく、思考方法も異なるため、そろばんができなくなるのです。それまで「考えず」にやっていたことが「考えて」やるものだと急に変えられたのだから無理もありません。習う時期がズレていれば、生徒は「あれはあれ、これはこれ」と認識し、混乱することは無いのですが、同時期だと当然混乱することが多くなるのです。 また、小学校(正確には担任の先生)によって教え方にかなりのバラつきがあるようです。中には、教科書では1問しか出てこないこの【さくらんぼ算】をノート何ページにもわたり練習させ、「計算方法」として手順まで定着させるところもあるようです。それは明らかに違うとは思いますが、最近だと、学校で習う時期まで繰上りを知らない生徒の方が稀で、計算力も個人差が大きいため、「知らない生徒に合わせる」という方針でそのような指導になるのかもしれませんし、論理的思考のトレーニングを重視しているのかもしれません。いずれにしても、ここで小学校毎の指導法の差を論じても仕方がありません。
私たち講師が常々感じていることですが、生徒は皆とても素直です。もちろん性格、資質は人それぞれですが、反抗的な態度を取る生徒も含めて皆、教えられたことは、基本そのまま忠実にやろうとします。そして、大人が思うよりもはるか賢いのです。 これを踏まえると、混乱を回避するのは実はすごく簡単なことです。題名に「魔法の言葉」と大げさに書きましたが、実際は魔法など必要ありません。そのまま生徒に伝えればいいのです。「さくらんぼ算とそろばんは答が同じでも違う問題。さくらんぼ算は考えながら解いて、そろばんは考えずにやり方を覚える。両方とも大事。」とさえ言えば、その途端に混乱は納まり、どちらもできるようになります。これは生徒の立場に立って見ればよく分かります。同じたし算なのに違うやり方を教わり、無意識ですが、何とかそれを自分の中で統合しようとし、混乱していたのです。最初から別物と判断する生徒は混乱しないし、そうでない生徒も「気付き」を与えればすんなり納得します。少し種類は違いますが、似たような「気付き」の例で「答合わせ」があります。珠算も暗算も上級なのにやたら合計点を出すのに時間がかかる生徒がいます。「その計算力なら一瞬なのに、なぜ?」と思って見ると、合計を出すのにそろばんを習う前の方法で計算していたりするのです。 【さくらんぼ算】のような例は他にも多くあります。一度でも「気付き」があれば、その後は別の問題でも混乱に陥ることは無いのですが、それまでは生徒からすれば厄介な問題です。指導する側がそれを理解し、適切なタイミングで「気付き」を与えることが有効ですが、現実問題として、私たちが生徒の算数の学習状況まで正確に理解するのは無理があります。もちろん、できる限り把握に努めてはいますが、保護者様にも、この違いをご理解いただければ、その認識が何らか有効に働くのではないかと思い(ご家庭で指導してくださいということではありません)、今回のテーマを取り上げることとしました。