第8号スキルを伸ばす!(その二、負荷編②)

  「スキルを伸ばす」の3つのポイント。
   一、正しい技能 
   二、適切な負荷 
   三、時間制限
  今回は前回の続き、「二、適切な負荷」についてです。

③メンタル 「メンタルの負荷」≠「ストレス」

  「適切な負荷」でスキルを伸ばす。・・・今回は「メンタル」編ですが、論点がズレやすいテーマです。スッキリさせるため、まず、「別の話」として扱うべきことをご説明します。
  「メンタルの負荷」という言葉から「苦しい」「辛い」「我慢」などの精神的な圧迫、 「ストレス」を連想しがちです。保護者様からも、「とにかく厳しく」、逆に「もっと付きっきりで楽しく」、あるいは、転塾生の保護者様は、「前は厳しすぎて・・」、「ユル過ぎたから・・」などの声が多く、「辛い・辛くない」などのストレスの観点を重視されているようです。大切なお子さまの心の状態を気にされるのは至極当然のことですし、たしかに成長への影響は大です。ただ、今回は「スキルを伸ばす」がテーマなので、ストレスは別の話として扱います。なぜなら、 「辛い思いをすればするほど伸びる」わけでも、逆に「辛くなければ(単に楽しければやる気も出て自然に)伸びる」わけでもないからです。仮に、「なぜ伸びない?」がテーマなら、ストレスにもフォーカスする必要があります。過剰なストレスは成長のブレーキとなるからです。
【補足】 「やさしい」⇔「厳しい」どっちを選ぶ?
他の珠算塾では、「楽に」や「楽しく」を前面に出しているところもあれば、「厳しい」と評判のところもありますが、これも技能と同じでその珠算塾毎に目指すところが違うので、正解があるわけではありません。ただし、もし、目的意識や 根拠も無く、単に「ウケがいいから」 とか「根性論」など、指導側の都合 や思い込みでどちらかに偏っている なら、論外だと思います。

目的は「高い集中力」を手に入れる!

何のためにメンタルを鍛えるのか? まずそれをハッキリさせないといけませんよね。当校の「短期間で高度な暗算力を獲得する」という目的を達成するには「高い集中力」が必須です。だからメンタル面では「集中力」を鍛えます。「そろばん式暗算」はできない人から見れば、アタマの中がどうなってるのか想像もつかないほど特殊な技能ですよね。「何となく」では、とても身に付くものではありません。技能と並行し、「高い集中力」を発揮できるように、メンタルにも負荷をかけて鍛えていきます
  以下、3つの観点で「集中」についてご説明します。
  ○ 準備段階
  ○ 集中の「質」
  ○ 指導ポイント

  メンタル面では、集中の他にも「やる気」や「自信」なども鍛えることが可能な重要事項ですが、渋谷式では、それらは「目標達成力」としてカテゴリーを分けていますので、また別の機会にご説明します。
 

準備段階 環境が変わるとキツイですよね

  先に「ストレスは別」としましたが、一つだけ例外があります。それは、「環境に慣れる」までのストレスです。大人でも、新しい職場や引越し、お子さまの学校の会合など、新環境では、慣れるまである程度時間を要しストレスもかかります。中には新環境になると決まって寝込んでしまう人もいるくらいです。
  個人・年齢差がありますが、どんな生徒でも教室の環境に慣れるまで時間がかかります。先生はどんな人?他の生徒は?席は?授業はどう進む?・・そろばん以前に気になることや心配事がたくさんです。すぐに馴染むように見えたり、堂々と落ち着いているように見える生徒でも、実は内心では緊張状態だったということも多くあります。幼児ならもっとそれ以前に、ママと離れるだけでも、座っているのに慣れるだけでも大変なストレスです。その段階の存在を理解せず、最初から「なぜ問題に集中できない?」と見るのは酷ですよね。とは言え、ここで過剰に手取り足取りと過保護になってもせっかくの成長の機会を逃してしまいます。
  この「環境への慣れ」のストレスは、有益な「メンタルの負荷」であり、集中力を鍛える準備段階と捉える必要があります。また、この環境変化のストレスは、経験を積むことで確実に対応力が高まります。これを「環境適応力」とし、一つのスキルと捉えてもいいと思います。鍛えれば、環境が変わるストレスに押し潰されるような思いも軽減されていきます。
  私たち講師は、新規生徒が、この「まだ慣れていない」段階にあることを知った上で、声掛けなど、過剰にならない程度に「慣れ」をサポートする一方、他の生徒と同等に接する部分もつくり、適度なストレスで「準備段階」を終え、技能、集中力を本格的に鍛えられる状態にすることが大切だと考えています。
【補足】お母さま、それを心配するのはガマンです!
幼児のお母さまからは「一人でできてるか心配で・・・」「付き添ってもいいですか?」などの話をよく受けますが、お母さまのご心配とは裏腹に、すぐに慣れて授業では驚くほどしっかりした振る舞いになります(お母さまの顔を見た途端、元の「甘えん坊」に戻りますが)。また、小学生のお母さまからは、まだ一ヶ月足らずで結果が出てない、あるいは集中力が付いてないことへの焦りの言葉を伺うこともありますが、まだ準備段階、慣れている途中ですので、お子さまを責めず、どうか少しだけ長い目で見てあげてください。
 

集中の「質」 高い集中力って何?

  「集中力」は様々な分野でよく使われる言葉ですが、いったい何をもって「高い集中力」と言えるのでしょうか?「集中力を高めるには?」みたいな書籍やネット上の情報は溢れるほどあっても、「集中力」そのものについては、意外にも「これ」とシンプルに説明できる共通の定義は無いようです。何がよくなればいいのか分からず鍛えてもしょうがないですよね。
  渋谷式では、「集中力の質」は次の2つで決まると定義しています
集中の質
●深さ:如何に集中すべき対象のみに意識を向けているか。他に気が向いてないか。
●タイミング:必要な時に、能動的に短時間で集中状態に入ることができるか。
  他にも「持続時間」などあると思いますが、当校では、シンプルにこの2つに絞っています。
  「深さ」は文字通り、如何にその集中すべき「対象」にのみに意識が集まっているかです。 「対象」は、例えば野球のバッターならボールです。よく聞く「ボールがゆっくり見える」のは、観客に気を取られたり、「失敗したら」などの結果に気を取られず、今目の前のボールに意識が集まった状態です。そろばんなら、対象は「問題」です。
  「タイミング」は「必要な時に」集中することです。集中すべき時に集中できない、または、集中するのに長時間かかるようなら、もし深く集中できる力を持っていても、意のままにその力を発揮できず、まるで意味がないですよね。
  この「深さ」と「タイミング」の二つの質を高めることを意識して集中力を鍛えていきます。

集中力を鍛える「指導のポイント

  「集中力」は、単独メニューで鍛えることはできません(後述)。渋谷式では、集中力は「何となく」でつくものではないと考え、カリキュラムや授業進行など指導全体を通して、集中力を鍛える要素を意識的に組み込んでいます。
  今回は、特にそろばん以外でも通用するポイントの一部をご紹介します。

「技能」と「集中」は切り離せない

  「技能」と「集中」は別々ではなく、一体のものとして捉える必要があります
  「バッター」の集中対象は「ボール」です。ボールに集中しようとしても、「バットはこう振らないと・・・」と考えているようでは集中しきれません。同じく、そろばんの集中対象は「問題」ですが、いちいち計算法や運指を思い出すようでは集中に制限ができてしまいます。反対に級位が上がるほど、集中力が低いと持てる技能をフルに使えません。このように、技能と集中力のどちらか一方を鍛えることはできません。集中力も技能の一部として、繰返し演習の中で鍛えて共にレベルを上げていくものなのです。

よく言う「集中力がない」は禁句です

  指導側が注意を払うべきことがあります。技能と集中の両方を鍛えるのですが、「初心者への指摘はメンタル面ではなく、技能に限る」ということです。
  明らかに集中力不足の生徒に、「集中できてない」や「集中しなさい」と指摘すると、逆効果です。例えば、無駄話をしている生徒なら「集中」を「静かに」と解釈し、静かだけど気が散っている生徒なら「?」となるだけで、先生の顔色を伺うようになります。つまり、指摘を受けても、どうすればいいのか分からないのです。「集中」という言葉は便利なようで曖昧。ちゃんと伝わらないリスクがあります(他メンタル面を示す言葉も同じ)。だから、ただ「怒られた」と嫌な記憶が残るだけで、肝心の「問題」に意識を向けることにつながりまん。
  バッターに「ボールから目を離すな」と言うのと同じで「問題を見る」、あるいは、あえて絞って運指やスピードなど目に見え、行動に変えられる具体的な指示をする必要があります。全体に「集中していこう!」と声掛けしたり、既に高い集中状態を経験している生徒に対して気付きを与えるために「集中していない」と指摘するのはいいのですが、これから集中力を鍛える段階の生徒に、「集中しろ」と指摘するのは厳禁です。「高い集中状態」を経験する前から集中という言葉だけで分からせようとするのは無理があります。「集中」は、実際の経験でしか理解できないものなので使い方は要注意です。
【実例】お子さまに「レッテル」を貼っていませんか? 入りたての生徒がいきなり、「僕は集中力が無いから・・」などと自分から言ってくること少なくありません。何とも言えない悲しい気分になりますが、おそらくその背景には、普段から保護者様や幼稚園、学校の先生にそう指摘され、自分にレッテルを貼ってしまっているのだと思います。実際、そう言う生徒はその言葉の通り、無心で努力することに抵抗があるように見えます。

「自分でやる」・・・意外に難しい

  「自分でやる」・・・この一言だけだと訳が分からないと思いますが、実は、これが一番大切なことです。
  例えば、自転車に乗れるようになるには、自分が自転車にまたがって練習しますよね。教える人が代わりに乗って説明しても無駄です。しかし、アタマを使うものは「他の人が代わりにやる」になりがちです。例えば、皆さんご経験があると思いますが、誰かから何かを教えてもらって「よし、分かった!」と思っていたのに、いざ自分でやろうとしたらできなかったり、それを他の人に教えようとしたら言葉に詰まったりしたことはないでしょうか?それは、他人の知識や思考が自分のものと錯覚した状態です。誰にでもあることだと思います。
  「集中」、「技能」とも、鍛えるには「自分で」やるしか方法はありませんが、「集中」の場合、自転車の例のように「代わりにやる」になりやすいので要注意です。分かりやすい例で言うと、隣にくっついて演習を見ている状態は、極端に言うと、「生徒ではなく、先生が代わりに集中している状態」です。たとえ手出し口出ししなくとも、「集中」に関しては鍛えられないどころか、生徒がこれに慣れると、逆に退化させてしまいます(【補足】参照↓)。集中に入るトリガー(きっかけ)が他人依存、自分でつくれなくなるからです(「タイミング」が鍛えられない)。これでは肝心の「深く」集中する訓練になかなか入れません。とは言え、単に放置するだけで鍛えるのはもっと無理がありますし、放置して運指等の技能の課題を見過ごしては意味がありません。
  渋谷式では、この集中するための「自分でやる」をつくる仕組みと指導法があります。講師が「気を付ける」では不十分です。具体的には、「号令で区切る授業進行」と「個別指導と集団指導の使い分け」ですが、これは次のテーマの「三、時間制限」でご説明します。今回は、ここまで述べた「自分でやる」の意味だけご理解いただければと思います。
【補足】「ウチの子は見てあげてないと」は間違いです!
入会間もない生徒は「見てればやるけど、目を離した途端にやらなくなる」ことがとても多いです。中にはしょっちゅう「先生!先生~」と呼んだり、気を引くために騒いだり、すねたりして、講師が隣に来るよう振る舞う生徒もいるのですが、これは「自分でやる(=集中する)」訓練をしてこなかったからです。保護者様からも「少人数の方が・・・」とか「ウチの子は見てないとダメだからもっとついて・・・」などのお話をいただきますが、どんな生徒でも過剰にそれをやると、いつの間にか「先生の気を引く事」が目的になってしまいます。講師の注意が自分だけに向いてないとソワソワする状態です。ちなみに、講師がそれに考えなく反応することを当校では「綱引き」と呼び、そうならないよう注意しています。
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