5号スキルを伸ばす!(その一、技能編①)

  当校で身に付けるスキルは「計算力」、最も重要なテーマです。当校ホームページにも概略を掲載していますが、複数回に分けてご説明します。スキルを伸ばすというテーマでは、そろばん習得だけに限らないことだと考えています。
  「スキルを伸ばす」ポイントは3つです。
    一、正しい技能
    二、適切な負荷
    三、時間制限
  
このたった3つさえ押さえれば、確実に伸びます。ただし、一つでも欠けるといくら頑張ってもなかなか伸びません。今回は「一、正しい技能」について、「渋谷式」の基礎的な考えをご説明します。

渋谷式「正しい技能」の前提

  以前に「珠算塾によってやり方は違う」とご説明しましたが、 「意外でした」との反響を多くいただきました。習得目的が異なるからですよね。
  毎度ですが、当校の習得目的は・・・
『短期間で高度な暗算力を獲得する』
です。この目的に沿う技能を当校の「正しい技能」として全校標準化し、指導しています。・・・前置きが長くなっても何なので、早速、本題に入りましょう。

大人も多くの人が「九九」未習得??
  衝撃の事実(?)です。実は大人でも、ほとんどの人が「九九」ができません。「え?九九はできるよ」と思われるでしょうが、これは本当です。「九九」はそろばん以前ですが、「正しい技能」の基本をご理解いただくには良い例なので最初に取り上げます。
  よく思い返してみてください。日常、ちょっとした暗算で九九を使う時に、「あれ?合ってる?」と不安になることは無いですか?
  例えば、4×6=24 とパッと出たのに、
「逆は、6×4=24。・・・よし、合ってる。」とか、
「4×5=20、4を足すと24。・・・よし、合ってる。」
などと考えることがありますよね?私たちの知る限り、そろばん上級者を除き、大人でもほとんどの人が無意識にこのような検算的な思考をしているようです。不安になる九九は人によって固定で、4×6で引っかかる人は4×6が出るたびに検算します。ご本人が気付いていないだけで、それを無意識に数十年も繰り返して定着しているのです。
  「九九」とは、「語呂で暗記する」ものです。だから「大人でも九九未習得の人が多い」と言えます。実感できない方は、ミキカップの問題でも使ってチェックしてみてください。
  「細かすぎる。結果が合っていればいいじゃない。それくらいは大したことじゃない」と感じられるかもしれませんが、これはものすごく大切な視点です。

「身に付ける」のにも種類がある!

  この「九九」の例で整理してみます。
A・理論から導く・・・考える
B・反射的に処理・・・考えない 【九九】
答の出し方を分類すると、九九ができない例では「A・理論」 ですよね。もっと正確に言うと、
「B・反射」 → 「A・理論」
の順です。「B・反射」に比べて時間がかかります。仮に時間のロスを「良し」としても、どうしようもない致命的な問題があります。それは、2桁3桁・・・と桁数が増えると、暗算ができなくなることです。2桁以上になると、九九単独ではなく、繰上り・桁確認・足し算などを合わせた一連の流れになります。その途中で一旦止めて九九検算し、また戻って計算し・・・となるため、どんなに頭の回転が速い人でも暗算では処理しきれず、書く必要が出てくるのです。そろばん式暗算を使っても同じです。4×6が出てくるたびに流れを止めて別思考(九九検算)をしなければなりません。九九の中でたった一つでも「A・理論」を使うクセがあると全てが台無しになってしまうのです。いくらそろばんを弾く練習をしても伸びません。実際にこれで停滞する例はとても多いです。
  たし算でも同じです。幼児が指折り数えるのは、「A・理論」を活用し、答に辿り着くやり方ですが、桁が増えるとそれが通用しなくなりますよね。
  理論から思考して答を導き出すのは、「応用力」と言え、鍛えるべきとても大切なスキルです。勉強や様々なシーンで大きな力となります。ただし、その力を発揮すべき時とそうでない時があります。極端に言うと、歩く時、「さっき左脚出したから今度は右で腕は脚と反対で・・・」と思考するのは無駄ですよね。九九をはじめ、計算全般も同じです。
  渋谷式では、「A・理論」と「B・反射」を明確に区別しています。この違いを認識していることが最も重要と考えています。(↓補足)
【補足】 実際には、渋谷式では「身に付ける」をもう少し細分化し、分類・定義
  〔理論〕
  ①概念 「何のためか」を理解する
  ②理論 応用できる、人に説明できほど深く理解する
  〔習得〕
  ③知得 やり方を覚える
  ④体得 考えず、正しく実行できる
  ⑤習得 速く・正確に実行できる
  そろばんは「九九」に限らず、最終的に「B・反射」で瞬時に計算できなければなければなりません。無意識を身に付ける指導をするからこそ、私たち講師は無意識について知る必要があると考えています。それが算数の計算とそろばんの計算の違いです。

「考えることが大切」の落とし穴

  お子さまが「九九」を練習しているシーンを想像してください。「ニニンガシ、ニサンガロク、・・・」と順調に暗唱できているのをお母さまが隣で聞いています。「シゴニジュウ、・・・・・・・・」、止まってしまいました。ここでお母さまはどうされますか? 「じゃあ考えてみよう。4×5=20の次だから20に4を足すと?」とか「ひっくり返しても同じだよね。だから6×4だと?」など、思考させて理論から導く教え方をする人がほとんどだと思います。達人並の段位の講師でも指導教育未受講だとそのように教えますが、これは誤った指導です。かけ算の知識を利用し、答を導き出す思考訓練と九九の訓練は似て非なるものです。「考えることが大切」という想いが強すぎてそうなるのですが、実はこの経験が、「4×6=考える」という一生ものの癖につながります。お子さまに質問し、自分で考えさせることを否定しているわけでは決してありません。とても大切なことで、ほとんどのシーンで、「あるべき」だと思います。ただ、どんなシーンでも無条件に考えさせるのが最適ではありません。
  反射の訓練(九九)をしている時は、理論はさておき、「シロクニジュウシ」と復唱させるべきです。理論と反射が混在すると意図せぬ反射が定着するリスクが高いからです。
【補足】九九を完全マスターすると、頭の中で語呂も使わず、視覚だけで処理するようになります。

「理論」と「反射」を身に付ける順番

  もう一つ、気付くべき「思い込み」があります。
  実際に役立つには「理論」と「反射(実行)」の両方が必要ですが、それを身に付ける順番についてです。何でも、無条件に、
「理論」→「反射(実行)」
と決まりがあるようにお考えではないでしょうか?
理論も分からず、練習に入るのはよくない、みたいな感覚はないでしょうか?お母さまから「ウチの子、○○が分かって無いから演習させるより、もう一度・・・」とのお話をよくお受けしますが、その感覚だと思います(○○には概念的なことが入る)。
  身に付ける順番に正解・不正解はないのですが、同じゴールなら、誰もが「早く・楽に」、と思いますよね。しかし、この「理論→実行」の思い込みが、遠回りさせてしまう場合があります
  自転車の練習では、「まず理論を理解しよう」とは誰も思わないのですが、勉強の類だと、「理論を理解してから」と考えます。「身体を使うモノとアタマを使うモノは違う」と思われるかもしれませんが、必ずそうとも言い切れません。「実行」を先行させ、後から「理論」を理解した方が、早く、深く、しっかり定着することが多くあります。難易度によりますが、応用できるほど理論を深く理解するには時間がかかります。慣れない考え方や興味の無い分野ならなおさらで、一歩も進めず、途中でやる気も失せてしまいます。とは言え、いきなりの練習は「何のためか」も分からないので、心理的な抵抗もあって練習に身が入らず、良い順番ではありません。
  渋谷式では以下が最適だと考えています。
概念:理論の概要。ここでは理論の理解よりも、「何のためか」が腹に落ちれば完了。
      九九なら「一桁のかけ算を楽にするために暗記する」と分かれば次に進む。
  ⇩
実行:ひたすら反復練習をし、定着させる。ここに理論の理解を混在させない。
  ⇩
理論:実行ができるようになってから理論を理解する。
  そろばんは例外なく、↑の順が圧倒的に早い上、最終的に理論も深く理解することができます。幼稚園児でも小数や負の数まで正しく理解し、扱えるようになることからも分かりますよね。
  更に、この順では「理解力」の個人差が習得スピードへ与える影響が少なくなります。また、この順だと「理解力」そのものがつかないのでは?との印象があるかもしれませんが、実際は逆です。この手順を重ねるうちに「理解力」も確実にアップしていきます。そろばんに限らず、何事も「理解」は情報のインプットが起点になります。その感覚が身に付くからです。

そろばんだけじゃない!勉強も同じ

  「理論はさておき、ひたすら反復。後で理論を理解する」・・・これは、そろばんだけに通用するのではありません。むしろ、理論が難しい勉強にこそ顕著に差が表れます
  例として算数の文章問題、何でもいいのですが、具体例に食塩水の問題を挙げます。「食塩水の濃度」という概念自体、とっつきにくいですよね。何のことかを理解するだけでも時間を要します。そして、問題に応じて、濃度を出す、逆に食塩の量を出したり・・・など、問題パターンに対応し、理解した理論から常に正答するには更に時間と労力が必要です。
  これもやり方を「実行 → 理論」に変えてみます。理屈はさておき、「濃さを出すための計算だよ」と基本の濃度を求める特定パターンに絞って問題文と解答の書写からはじめ、解答を見なくても同パターン問題なら解答できるようになるまで続けます。そこで本来最初に教えていた理論を教えればすんなり理解できます。基本パターンだけでなく、逆パターンやちょっと捻った問題でも、覚えたパターンを基準に考えることができるため、すぐに理解、解答できるようになるのです。習得までのトータル時間は大きく短縮され、理解度も深く、しっかり定着します。当校は学習塾や予備校の講師経験者も多く、これは多くの経験則からの話です。是非試しにやってみてください。この方法は、特に理数系では大学受験でも通用します。
  余談ですが、学習塾では、生徒・保護者様に言葉は悪いのですが「ウケ」がいいのは、理論を教えることを中心においた授業です。昨今、学習塾は 「個別」が主流になりつつあるのもその表れだと思います。

「正しい技能」の具体例

  今回は、「正しい技能」の1回目として、個別技能全ての基本となる考え方をお伝えしました。一言で表現すると「習うより慣れろ」です。まだ具体的な計算技能の話はできていませんので、次回以降に改めて「技能編②」としてお伝えしたいと思います。
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